それは麗らかな午後のこと。
穏やかな陽射しの下、アリババはそれに似つかわしくないほど困惑していた。
…半刻前、
師として仰ぐシャルルカンと共に剣術の鍛錬に明け暮れる日々。今日も今日とて剣を合わせていた訳だが、途中でシンドバッドが顔を出した。驚きつつも喜ぶアリババの隣でシャルルカンは呆れた顔をし、彼の優秀な政務官の名前を出そうと唇を上げた瞬間、ジャーファルの怒りに満ちた声が塔に響いた。
それからしばしジャーファルの説教がシンドバッドに降り続けた。どうやらまた隙をついて仕事場から抜け出してきたらしい。流石にそんな王と政務官の傍らで修行を続けられる訳がなく。仕方なくアリババとシャルルカンはそれを眺めていた。…ややして萎れるシンドバッドを置いて、ジャーファルが申し訳なさそうに頭を下げにやってきた。
「修行の邪魔をしてしまって…すみませんアリババくん」
「い、いえ…お疲れ様ですジャーファルさん」
「アリババくんは本当に素直で良い子ですねぇ。どこかの誰かさんに見習ってもらいたいものです」
疲れたように零すジャーファルにアリババは苦笑するしかない。シンドバッドが逃亡する姿を見るのは今回が初めてではないのだ。逃げ出したくなるほど王のこなすべき仕事とは大変なのだろうかと、アリババは思考に沈む。…その中で自身の母国バルバットに思いを馳せた。先々代の王である父。そして賢王では決して無かったが、それでも確かに国を背負っていた兄。ぐるぐると思いを巡らせていると、急にジャーファルの声に引っ張り上げられた。
「それでは私とシンは戻るので、どうぞ続けて下さい」
「ぇ、ぁ、はい」
「ふふ、頑張って下さいね」
「あ、ありがとうございます……えっと、じゃあ続きやりましょうか兄さ、…っぁ」
「え?」
「は?」
「ん?」
ぽかんとした顔が三つ。呆けたように注がれる視線に、アリババは一気に頬に熱を昇らせた。
「ちちちち違っ!や、あの、すみませ…っ、」
思考の波間から引っ張り上げられ、少々ない交ぜになった心理状態のまま答えたのがいけなかった。無意識のうちに口から零れ落ちた言葉に狼狽する。そんな風に慌てふためき、まごつくアリババに三者三様の笑みが向けられた。
「兄さん、ねぇ?」
にやにやと意地悪気に笑うシャルルカン。
「本当…アリババくんは可愛らしいですね」
穏やかにあたたかく笑うジャーファル。
「何かを思い出していたのかな?」
核心を衝きつつ僅かに口角を上げて笑うシンドバッド。
うーうーと少し前の発言に唸っているアリババをシャルルカンが引き寄せ、にやにやとした笑みを崩さないままある提案を持ち掛けた。
「せっかくだから今日一日兄さん呼びでもするか?」
「ええっ!?」
「それは良いですね」
「ジャーファルさん?!」
「一度位良いんじゃないか?」
「シンドバッドさんまで…」
じりじりと三方向から詰められ、アリババはある種の圧力を感じていた。軽く涙目になっているが、それは三人に黙殺され意味を成さない。
「別に良いじゃねーか。減るもんでもねぇし」
言わねぇとずっとこのままだぞーとケラケラ楽しそうに笑うシャルルカンにアリババはため息を吐いた。こういう時の師匠はきっと余程でなければ泣いても喚いても許してはくれない。勿論分別はついているのだが、自身の娯楽に際してアリババへのからかいは群を抜いている。
「……一回だけ、ですよ」
「仕方ねーなぁ。それで許してやるよ」
ずいずいぐいぐい迫ってこられるプレッシャーに負けたアリババは大人しく従うことにした。だがしかし今日一日というのには同意しかねる、そこだけは融通をきかせてくれと再び息を吐く。そうして各々分からない程度に目を輝かせ、アリババの発言を待った。
「っ、……に、いさん」
羞恥心に苛まれながら小さく呟いた言葉。紅潮した頬と水分過多な潤んだ瞳と共に落とされたソレは、想像していた以上の破壊力を三人にもたらした。しかしそこは年の功、あくまで表面的には常と変わらぬ表情態度のまま。…ただ少々ばかり身体が震えていたが、それについてはアリババに悟らせぬ程度のものなので良しとする。
「い、言いましたよ!言いましたからね!」
うああああと顔を真っ赤にしながら殆ど投げやりに言うアリババをジャーファルが宥めにかかる。
「無理を言ってすみませんアリババくん」
「うう…」
「でもこれで午後からも頑張れます」
「あ、そういえば仕事…」
「はい、いい加減戻りますね」
そこでくるりと顔の位置を転換したジャーファルは、アリババに注いでいた甘やかな表情を消し去り、シンドバッドに厳しい目を向ける。
「シン」
「…ああ」
ハァッ、と深く息を吐き出しつつ、シンドバッドはアリババに手を伸ばした。
「それじゃあまた。無理せずに頑張りなさい」
軽くふわりと髪を梳き撫でてからシンドバッドは踵を返した。一度軽く頭を下げてから、それに付き従うようにジャーファルも去っていった。
「…何だか疲れました」
「だろーなァ」
「元々師匠があんなこと言い出すから」
「ま、良い息抜きになっただろ?」
え?と不思議そうな顔をするアリババにシャルルカンが微笑む。
「お前最近行き詰まってただろ」
「なんで…」
「あのなぁ、俺が気付かねー訳ねぇだろ」
俺はお前の師匠だぜ?
悪戯っぽく…けれど鮮やかに笑うシャルルカンにアリババは小さく唇を噛んだ。ああこの人には敵わない。確かにここ最近、アリババはなかなか向上しない剣技に焦りを感じていた。師匠に一太刀もあびせられない不甲斐なさに締め付けられ、追いつけないもどかしさに拳を握る日々。そうしたアリババの思いをシャルルカンは初めから分かっていたのだ。分かっていながら今の今までアリババ自身に任せていたのだろう。フォローは最低限に…しかし放ることは無い師に改めて頭が上がらないとアリババは感じた。
「んな焦んな。間違いなくお前は強くなる」
俺が強くしてやる。
自信満々に言い切った相手に心奥から笑みが溢れ、アリババは久し振りに声を上げて笑った。
(ところでもう一回位兄さんて呼んでみねぇ?)
(もうそれは忘れて下さい!!)
***
六郎様、この度は5000打企画にご参加下さりありがとうございました!
先生をお母さんと呼んでしまう様な感じで、うっかり年上組を兄さん呼びしてしまい、焦って誤魔化そうとするも余計にドツボ。そんなアリババにからかい半分で兄さん呼びを強要。困り恥ずかしがりながらも応答。諸々の感情と共に癒される年上組。ほのぼの。アリババ総受けでシャルルカン贔屓…との事でしたが色々おかしくてすみませんんんん。総受けという程人数いなくて申し訳ないです。特に覇王空気過ぎて…(笑)
こ、こんなので大丈夫ですかね申し訳ありません!
おめでとうのお言葉等も本当にありがとうございました!しっかりとした素敵なリクエストを頂いたのに残念な内容になってしまい…すみませ、
苦情はいつでもどうぞ!!(土下座)
それではご参加本当にありがとうございました!(*´▽`*)